夜。
団地の四階、薄暗い六畳一間。
テレビから流れてきたのは、ジャルジャルのコント。
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「タメ口やめてくれ」
「タメ口やめてくれ」
「……なんでタメ口なん?」
—
そのフレーズに、ヒロシの目が止まった。
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(うわ……よう言うたなぁ……)
(あの感じ……ちょっと怒ってんのに、下手に出てるのがリアルや……)
—
コントが終わっても、ヒロシの心には
「タメ口やめてくれ」の余韻が残った。
—
「……タメ口やめてくれ」
「すいませんけど、タメ口やめてもらえます?」
—
ヒロシは立ち上がって、
冷蔵庫の前に立って、ペットボトルに向かって言ってみた。
—
「タメ口やめてくれ……」
—
思ってたより声が震えた。
姿勢がフニャッとしていた。
語尾が曖昧だった。
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「いや……こんなんじゃ舐められるわ……」
「もっと……こう、ビシッと……」
—
ヒロシは洗面台の鏡の前に立ち、
両手を腰に当てて、目を見開く。
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「タメ口、やめてくれ」
「タメ口……やめてくれ」
「やめてくれっつってんだろ」
—
段々、怒りが芝居になっていく。
でもふと鏡に映る自分を見て、
ヒロシは苦笑いする。
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「何やってんねん……俺」
—
テレビでは別のコントが始まってる。
でもヒロシはそのまま鏡を見ながら、
もう一度、小さな声でつぶやいた。
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「タメ口……やめてくれ」
—
その言葉は、
昔から誰にも言えなかった色んな“NO”の代わりだった。
—
終わり