逆読みトラックに興味をそそられて調べているとなぜか国粋主義に辿り着いた クッサア株式会社の魅力

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自動車通勤をしている。信号待ちをしている車の中でワタシはいつものアホヅラで鼻くそをほじりながら周囲の車を眺めていた。隣に停まったトラックの側面に社名が書かれている。ところがその社名を読み取ることができない

ターャジス 読めそうで読めない

運転席側の側面の文字の並びがに書かれている。運転席から荷台に向かって書かれているのだ。こういうトラックで有名なものに「ターャジス」というものが有る。インターネットで「ターャジス」を検索すると多くの画像がヒットする。

「スジャータ」と書いてあるのだが逆に書かれると読みにくい。読みにくいのになぜこんな書き方をするのか。職場に着いてから仕事をするふりをしながらネットで調べていると何故か太平洋戦争中の日本の国粋主義にたどり着いてしまった。

トラックに社名が逆に書かれている事象の事を「逆読みトラック」と呼ぶ。インターネットには逆読みトラック界隈のようなものがあり、日々逆読みトラックの画像が投稿されている。

逆読みトラックシリーズ

ターャジス

先述したように逆読みトラックで有名なものは「ターャジス」が挙げられる。「ターャジス」はスジャータの逆読みトラックだ。インターネットには「ターャジス」のファンのような人が数多く居る。「ターャジス」のトラックを見かけては写真を撮って投稿している。

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スジャータのトラックは「ターャジス」以外の文字も逆文字になっている。「人恋の色褐」(褐色の恋人)「くらいめ京東」(東京めいらく)といった具合だ。

「ターャジス」の何が人を惹きつけるのか。恐らく文字の読めなさだろう。読めそうで読めないが無理やり頑張ればどうにか読める。しかし「ター」の後の小さな「ャ」の発声方法がわからない。無理やり読むなら「ター」と発音したあとで、口をすぼめながら少し小さめの声で「ヤ」を挟み込み、そのまま「ジス」で締める。「ターャジス!」どうだろう。読めただろうか。声に出して読みたいターャジスといったところだ。

インターネットには「ターャジス」以外にもオモシロ逆さ読みトラックの画像が転がっている。いくつか紹介したい。

ドッキリ本日

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ドッキリ本日である。株ドッキリとも読める。株価が暴騰したり暴落するドッキリが今日行われるのだろうか。先にバラしてしまうとドッキリにならないのだが。「社会式・株ドッキリ」とも読める。社会式、民間式、下町式等々いろいろな方式のドッキリがある事を想像させる。

日本リキッド株式会社のトラックのようである。しかし「日本リキッド株式会社」で検索しても「ドッキリ本日」ばかりヒットして、「日本リキッド株式会社」が見つからない。社名よりも逆読みのほうが有名になってしまったようである。

クッサア株式会社

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クッサア株式会社である。臭そうだ。小さい「ッ」が入ることで臭いのに嬉しそうな感情が伝わってくる。「セーラー服を来た変態おじさん」が何か臭いものを嗅いでキャッキャウフフと喜んでいる情景が不意に浮かんできた。微笑ましい光景である。

所業エロ山

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「所業エロ山」である。所業がエロ山とはどういうことだろう。「裸のエロい男が、女体をかたどった山を登るような所業」を連想した。意味は分からないがなんとなく光景は浮かぶのでは無いだろうか。

女体をかたどった山はローションにまみれ、ツルツルでなかなか登れないのだが、そこに裸で挑む男の表情は緩みきってなんとも嬉しそうだ。登りきった所に何が有るというのだろうか。彼はその後に何を得るのだろうか。なんとも想像をそそるキーワード「所業エロ山」だ。

株式会社山口工業所のトラックだ。恐る恐る「㈱山口工業所」でグーグル検索をしてみた。エロ山の所業で検索が汚染されていたら気の毒だ。

㈱山口工業所の検索結果

杞憂だった。㈱山口工業所という名前の会社は全国にたくさんあるようで、数の力で「エロ山の所業」をはねのけていた。山口工業所に仕事を発注するためにグーグル検索をして「エロ山の所業」がワラワラ出てきたら、山口工業所の業績にも悪影響がありそうだが、今のところは大丈夫のようだ。安心した。

進行方向に書いたほうが読みやすい?

上記の例はすべて、社名やブランド名を左から右に書いてあるものを、右から左、つまり製作者の意図とはに読んでしまい、偶然面白い言葉が出来上がってしまったというものだ。

横書きの日本語は左から右に読むというのが一般のルールだ。それを逆に、つまり右から左に書かれると逆に読んでしまうのは仕方がない。なぜトラックの運転席側だけ文字を逆に書くのだろうか。

逆に書く理由で決め手となるものは見つからなかったが、トラックの進行方向が関係しているというのは確かなようだ。くるまのニュースから引用する。

「走行するトラックを進行方向から見たときに読みやすくなるよう、右側面に関しては逆向き表記になったといわれています。

道端に立って道路を見た場合、右から来たトラックの進行方向は左向きになるので、助手席側は『スジャータ』を順に目で追って読むことができます。

一方、トラックが左から来た場合、進行方向は右向きなので、『スジャータ』と記してあると、最初に目に入ってくる文字が『タ』になります。そこで、『ターャジス』と書くと文字を読みやすくなる、ということになります」

くるまのニュース

この説明によると、「人は走ってきたトラックに書かれた文字を読むときに、近づいてきた文字から一文字づつ読む。トラックは先頭から近づいてくる。トラックの先頭から後尾に向けて一文字づつ読んでいるので、トラックの運転席側は逆向きに書いてあるほうが読みやすくなる」とのことだ。

これは直感的に正しくないというのがわかる。運転席側から文字を並べていっても読みやすくはならない。その証拠に我々は「スジャータ」を「ターャジス」と読んでしまっているではないか。

このくるまのニュースの記事をみて思い出す有名なネット記事があった。我々は文字を読む際に一文字づつ読み取るような事はしておらず、ある程度まとまった文字列の頭と終わりの文字だけでざっくりと読み取っている、

なので文字列の頭と終わりの文字があっていれば、中間の文字を入れ替えても我々は読めてしまうという内容の記事だ。

以下の文章の表記は誤っているのに我々は読めてしまう。

こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく

ニコニコ大百科 Typoglycemia

こういう現象のことをTypoglycemia(タイポグリセミア)という。

これには、「『文章自体が単純で一般的な構文』であり、なおかつ『短くてよく知られた』単語で構成された文章であるということが挙げられる。(ニコニコ大百科)」という条件がつくものの、我々が文字を読み取るときの方法を示す一つの好例だ。

つまり我々は文字を一文字づつ順番に読み取っているのではなく、一つの塊として読み取っているようなのだ。

現代人である我々は大前提として横書きの日本語は左から右に書かれているという認識がある。文字の塊を読むときには左から右に書かれているものとして読み取ろうとしている。そのために「ターャジス」なるものが生まれてしまうのではないだろうか。

戦時中は右から左?

現代の横書きの日本語は左から右に読むというのが当然のルールだが、昔は右から左に読んでいた時期があるというのはぼんやりと知っていた。例えば戦時中の新聞の横書きの見出しは右から左に書かれていた。

西日本新聞

上の画像では「大東亜戦争集結の聖断降る」という横書きの見出しが右から左に書かれている。

もともとの日本語は縦書きで表記されていた。日本語の縦書きは右上から書き始めて、改行したら左にずれていく。

縦書きの一行あたりの文字列が一文字でも右から左に書いていくことになる。今でもお寺の門に掲げられている看板である扁額(へんがく)や横書きの書はそのようにして右から左への横書きとして表示されている。これらは一行あたり一文字の縦書きとも言えるのだ。

下の写真では武道館の文字が右から左に書かれているのがわかる。

画像引用元:スポランド 

日本語の表記方法は元来縦書きだったのだが、江戸時代に欧米の学問が日本に入り、横書きが使われだした。右から左への横書きが使われたり、左から右への横書きが使われたりしていたが、混在しているのも不便になり、終戦を期に左から右に統一された。ここらへんの歴史的経緯はWikipediaの「縦書きと横書き」に詳しい。

Wikipediaの「縦書きと横書き」によれば、終戦の1945年より以前の、1940年には左からの横書きに統一しようという動きがあったようだ。実際横書きの教科書などは普通に左から右に書かれていた。「戦前の左横書き」というページが大変参考になった。ここから画像を引用する。

画像引用元:戦前の横書き

現実問題として、西洋から入ってきた数学や英語を学ぶならば、左から右への横書きを使わなければ不可能だっただろう。縦書きの中に横書きの数字や英字を入れるのも至難の業だし、右から左への日本語の中に突如左から右に読む数式が出てきていては解読不可能である。というわけで戦前も左から右への横書きは普通に使われていた。

新聞の見出しや看板など、単体で横書きをするときは右から左、横書きの書籍などは左から右といった風に使い分けられていたようだ。

愛国者は右から左?

「戦前の横書き」のページに興味深いエピソードが載っていた。昭和3年発行の佐藤紅緑「あゝ玉杯に花うけて」という作品中にあるものだ。

新聞の広告や、町の看板にも不心得千万な左からの文字がある、それは日本を愛しない奴等の所業だ。諸君はそれに悪化されてはいかん、いゝか、かういふ不心得な奴等を感化して純日本に復活せしむるのは諸君の責任だぞ、いゝか、解つたか

佐藤紅緑「あゝ玉杯に花うけて」

この引用のセリフは国粋主義的教師のものだ。強烈な国粋主義の教師が左から右に書く横書きの日本語を「日本を愛しない奴等の所業」と断罪するセリフだ。左から右に書く横書きは西洋式で許せん。日本人なら右から左に書け!と言っているわけだ。

国粋主義だ。右翼ともいう。今で言えば櫻井よしこのような存在だろうか。そんな国粋主義者の先生が今の日本にタイムスリップしてきたら怖い。我々が「あ!本日ドッキリwww」などと喜んでいるのを見つかったら多分張り倒されるんじゃないかと思う。タイムマシンがなくてよかった。

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