団地の一室。
窓を開け放したヒロシの家。
風が頬をかすめていく。
缶コーヒーを飲みながらスマホをいじっていたヒロシに、一本のLINEが届いた。
昔の友人、ユウジからだった。
「オレ、離婚したわ。疲れた。」
既読をつけたまま、ヒロシはしばらく画面を見つめた。
ユウジは中学の同級生。
就職してすぐ結婚し、子どもも生まれたと聞いていた。
Facebookでは家族写真ばかり載せていた男。
「……離婚、か。」
ヒロシの顔に、うっすらとした笑みが浮かんだ。
笑ってはいけない。
でも、口元が勝手にほころんでしまう。
「はは……そっちも、うまくいかんのやな」
その言葉は誰に向けたのか、自分でもよく分からなかった。
ヒロシには結婚歴がない。
恋人も、いたことはあったかどうか。
浮いた話は皆無。
何者にもなれていないし、特に幸せでもない。
でも、ユウジの“崩れた家庭”の話を聞いたとき、
なぜか心の奥に「勝った」と思ってしまった。
そんな自分に、気づいた瞬間。
ヒロシは胸がズキンと痛んだ。
「……勝ちって、なんなんやろな」
もう冷えきった缶コーヒーを飲み干しながら、
ヒロシはそっとスマホの画面を閉じた。
風が吹いた。
誰の味方でもない風だった。
終わり