団地から3キロ離れた公園のベンチで、ヒロシは缶コーヒーを飲んでいた。
甘いやつ。微糖は苦手だ。
風がちょっと冷たかった。
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腹に、違和感。
最初は軽いノックだった。
トントン、というような。
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でもすぐ、ズゥンと重くなる。
コーヒーのせいか、朝のパンのせいか、思い当たる節は複数ある。
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「……今かい」
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ヒロシは立ち上がる。
公園のトイレは鍵が壊れてて、怖い。
家に帰るしかない。
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道のり、約3キロ。
最寄りのトイレも、ない。
頼れるのは己の肛門ひとつ。
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歩き出す。
ちょっと早歩き。
ふくらはぎが熱くなる。
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300メートルで冷や汗。
1キロで足がすくむ。
1.5キロで「やばいかも」と本気で思う。
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途中のコンビニに入ろうとするも、
「トイレ貸してません」の貼り紙。
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「なにその冷たさ……」
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2キロ地点、腹が蠢く。
止まると負けだ。
でも走れない。
中腰で、道端の雑草に話しかけるふりをしてごまかす。
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2.5キロで見える団地の影。
「……まだ間に合う、か?おとなになって漏らすのか…..?」
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階段を上がる。
4階。
ここが一番の関門。
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「く、くるなよ……ッ」
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鍵を開ける手が震える。
靴を脱ぐ余裕もなく、トイレのドアをバーンと開け――
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滑り込むように便座に着座。
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その瞬間、ヒロシの中の何かが救われた。
宗教とかじゃなくて、物理的に。
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終わったあと、便座に座りながら、
汗まみれのシャツを見つめた。
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「……人間って、けっこう頑張れるもんやな」
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ふぅ、と息をついて、
ヒロシは団地の天井を見上げた。
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終わり