ヒロシと山崎製パン

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「山崎製パン 深夜シフト急募!」
団地の掲示板に貼られたチラシを見て、
ヒロシは電話をかけた。

工場で、パンを詰めるだけの仕事。
夜22時から朝5時。
ヒロシにはちょうどよかった。

面接には、シャツを着ていった。
ずっと前に買った安物のボタンダウン。
汗じみが少し浮いてたけど、気にしないようにした。

結果は――不採用だった。

理由は聞いてない。
電話口の男はただ「あいにくですけど」とだけ言った。

団地への帰り道、ヒロシはふと思い出していた。
中学生のころ。
開店前のスーパーの前に重ねられた、
番重の中の山崎パン。

早朝、誰も見ていないと思って、
そこからこっそり、ロールパンを抜いたことがある。

走って逃げた。
公園で食べた。
やたら美味かった。

あれから何年も経った。
バイトに落ちた瞬間、ヒロシはなぜか思った。
「……バチが当たったんかもな」

ちゃぶ台の上に昨日買ったロールパンがあった。
袋の隅に、小さく「YAMAZAKI」と書いてあった。

ヒロシはそれを少し眺めてから、そっと食べた。
味は――あの時と、同じだった。
でもあの頃ほどは、うまくなかった。

終わり