その日ヒロシは、
いつものように、小銭を数えていた。
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財布には84円。
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「行ける。今日はパンのミミ、2袋や」
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向かったのは、商店街の外れにあるパン屋。
店主のおっちゃんとは顔なじみ。
何も言わずとも、奥からパンのミミを出してくれる。
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ショーケースの端、ビニール袋にパンパンに詰められたパンの耳たち。
30円、って小さく手書きされた紙。
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だったはず。
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その日は、ちがった。
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「50円」
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ヒロシの目が止まる。
手が宙に浮いたまま動かない。
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「ごめんな…小麦粉の値段、また上がってもうて…」
と、店主が申し訳なさそうに頭を下げた。
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ヒロシは、ニコッと笑った。
笑顔がちょっとだけ、ひきつってた。
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「しゃーないっすね。俺が贅沢しすぎでしたわ」
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1袋を手にとって、レジに出す。
ジャリジャリと小銭を出す。
84円の中から、50円が消える。
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帰り道、袋を揺らしながらヒロシは考える。
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(2袋買えてたのにな…)
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家に着き、パンの耳を皿に出して、
マヨネーズで和えて、フライパンで焼く。
焦げ目がついたら、醤油をちょっとだけ垂らす。
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ジュッという音に、腹が鳴る。
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「たっけぇなあ、今日のミミは」
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ひとくち食べる。
サクッとして、香ばしい。
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なんだか…ちょっと、
涙がにじむ。
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「来月から、ちゃんとしたパン買おう」
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そうつぶやいて、
ヒロシは残ったミミを、
ゆっくりゆっくり、かみしめた。
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終わり