スーパーの冷えた棚に、それはあった。
「半額」
赤いシールが誇らしげに貼られた――本物のカニ。
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ヒロシは、しばらく立ち尽くしていた。
手には豆腐ともやし。
いつもの節約セット。
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(いや…今日は違うやろ)
(たまには、俺にもご褒美や)
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財布の中身は、今週あと2日を乗り切るのにギリギリ。
でも、指は勝手にカニをつかんでいた。
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帰り道、ビニール袋の中でカニが存在感を放っている。
すれ違う人すら、ヒロシがリッチに見える気がした。
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「ふふ、見てみぃこの贅沢。これが男のカニや」
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団地の台所で、湯を沸かし、丁寧に殻を割り、
ほぐして、ひとくち食べた。
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……。
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口の中で、
期待ほどの甘みもなく、
噛み応えはなく、
何より、
ちょっと生臭かった。
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ヒロシは、
黙って冷蔵庫を開け、
奥にあったカニカマを取り出した。
—
カニカマをひとくち、かじる。
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「……カニよりカニカマのほうがうまいな」
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無言で、皿の上の本物のカニを見つめた。
赤い甲羅が、ちょっとバカにしてるように見えた。
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「これが、現実か…」
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その夜、ヒロシは
本物のカニを見ながらカニカマを、
ひとり、静かに食べた。
—
終わり