夜。
団地の古い洗面台で、ヒロシは顔をこすっていた。
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「なんか、あるな…」
小鼻の横に、ざらっとした感触。
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鏡をのぞきこみ、
爪でつまんでみる。
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その時——
ヌルッとした感触とともに、
一本の、でかい角栓が抜けた。
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白くて、長くて、
まるで小さな虫の足。
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「おお……!!」
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ヒロシは静かにテンションが上がった。
指先で転がす。
あまりに見事な角栓。
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「これ……TikTokとか載せたらバズるんちゃうか」
ふだん使わないスマホのカメラを構えかけたが、やめた。
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誰にも見せる相手はいないし、
載せ方もわからない。
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しばらく眺めてから、
角栓をティッシュにくるんでゴミ箱へ。
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顔を洗い直して鏡を見た。
そこにはぽっかり空いた毛穴。
まるで何かが抜けたあとみたいに。
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その空白を見て、ヒロシは急に冷静になった。
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「……なんや、オレの人生にも穴空いてるな」
自分で言って、自分で苦笑い。
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洗面台の明かりがやけに眩しくて、
ヒロシの頬の影が深くのびていた。
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終わり