団地の夏は、暑い。
ヒロシは、扇風機の風に当たりながら、
押し入れの奥の衣装ケースを引っ張り出した。
—
ゴソゴソ、バサバサ。
使っていないタオル、色あせたトレーナー。
その下から、折りたたまれた服が出てきた。
—
それは、子どもサイズのTシャツだった。
白地に、サインペンで描かれた「おばけのQ太郎」が、
笑っていた。
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ヒロシの目が止まる。
「……これ」
覚えている。
あの日のこと。
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テレビCMで見た、おばけのQ太郎Tシャツ。
ヒロシはかーちゃんに言った。
「これ、ほしい!」
—
かーちゃんは黙って、夜、縫い物をしていた。
次の日、サインペンの匂いがするTシャツを差し出した。
「ほら、Qちゃんや。おんなじやろ」
—
でもヒロシは泣いた。
「こんなのじゃない!!!」
—
Qちゃんはちょっと変だった。
目が大きすぎて、口が変だった。
「オマケのバッジもないやん……」
ヒロシは癇癪を起こして、投げた。
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それっきり、そのTシャツは見ていなかった。
—
いま、ヒロシは団地の一室で、
そのTシャツを膝にのせている。
—
Qちゃんはまだ、笑っていた。
少しにじんだサインペンの線で。
変な口で、ずっと笑っていた。
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ヒロシは、Tシャツを畳んで、
そっと衣装ケースに戻した。
—
そして思った。
「かーちゃん、たぶん、徹夜したんやろな」
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風のない部屋の中、
Tシャツの布地が、わずかに揺れたような気がした。
—
終わり