ヒロシとLS460

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ヒロシは団地の4階にひとりで住んでいる。
隣の棟の1階には、かーちゃんが住んでいる。
洗濯物を干す姿が時々、窓から見える。
ヒロシは、そっとカーテンを閉めた。

その日、ポストに入っていた中古車屋のチラシに、
真っ黒なレクサスLS460が写っていた。

ピカピカのボディ、どっしりしたフォルム、
運転席にはスーツを着た男。
助手席には、口紅の似合う女。

ヒロシは思った。
「これ、ええな……俺も……」

でも免許がない。
教習所に通う金もない。
ガソリン代も、駐車場代も、維持費も、もちろんない。

それでもヒロシは、
スーパーでダンボールをもらってきて、
一晩かけて、自分だけのLS460を作った。

後ろにマジックで「LS460」と書いた。
前の部分には、画鋲でレクサスのマークを止めた。
ハンドルは、お盆。

次の日の朝、団地の前にそれは停まっていた。
近所の子どもが指をさして笑っていた。
「なにあれー!」
ヒロシは、ふふんと鼻で笑った。

でも、午後から雨が降った。
静かに、淡々と、冷たく。

ヒロシのLS460は、じわじわとしぼんでいった。
段ボールはふやけ、インクがにじんでいく。
最後に残ったのは、
地面に貼りついた「L」の文字だけだった。

ヒロシは傘も差さず、
しばらくそれを見つめていた。

スマホを取り出して、
カメラを起動したけど、シャッターは切らなかった。

その夜、かーちゃんが鍋を差し入れにきた。
「雨、大丈夫やったか」
ヒロシは「ああ」とだけ答えた。

鍋の匂いはうまそうだった。
どこか遠くでV8のエンジン音が響いてる気がした。

終わり