住宅ローンを借りている多くの人が一度は考えるのが、「一括返済をして楽になりたい」ということだろう。まとまったお金が入ったら住宅ローンの繰上返済や一括返済を考える人は多い。
まとまったお金があるとして、一括返済する場合としない場合をシミュレーションして考えたい。
今回のケースは、毎月10万円(元利均等)を返済し、残り20年、金利1%のローンを支払っている人とする。現在の残りの元金(残債)は約2,180万円であり、今後支払う金利は約220万円となる。
そんなあなたの手元に2,200円というお金が転がり込んできた。実は貯金をしていたのかもしれないし、親の遺産が入ってきたのかもしれない。
この約2,200万円を住宅ローンの一括返済に充てるか、それともインデックスファンドに投資するか。この判断が、20年後の資産に決定的な差を生む。結論から言えば、私は一括返済すべきではないと考える。
一括返済の「確定利益」と投資の「リターン機会」を比較する
一括返済の最大のメリットは、約220万円の金利負担が確定的に無くなること、そしてローンの精神的重圧から解放されることだ。
しかし、一括返済は、手元資金2,200万円を確定的に利息の削減(約220万円)に使うことを意味する。ここで、二つの現実的なプランの総資産額を比較する。比較の前提として、投資リターンは年利7%、期間は20年間とする。
- A案:一括返済 + 積立:2,200万円で一括返済。ローン返済に充てていた毎月10万円を積立投資に回す。
- B案:返済継続 + 一括投資:毎月10万円でローン返済を継続。手元資金2,200万円を一括投資に回す。
比較:資産形成の総額(20年後、年利7%試算)
| 運用パターン | 資金使途 | 投資元本 | 20年後の投資資産額 |
| A案:一括返済 + 積立 | 2,200万円(返済)+ 毎月10万円(積立) | 2,400万円 (20年間積立) | 約5,400万円 (積立分) |
| B案:返済継続 + 一括投資 | 毎月10万円(返済)+ 2,200万円(一括) | 2,200万円 (一括投資) | 約8,515万円 (一括分) |
差額:B案 > A案で 約3,115万円
多くの方は、一括返済をして「借金をなくす」ことの安心感が資産形成につながる、という直感的な結果を予想したかもしれない。しかし、結果は完全に逆転している。
なぜこのような直感と反する結果になるのか?
それは、複利効果が決定的に異なるからである。B案では、最初の2,200万円がすぐに市場に投じられ、20年間にわたって大きな雪だるま式のリターンを生み出す。A案の積立分(総元本2,400万円)は後になるほど投資期間が短いため、この初期の大きな複利の恩恵を得られない。
この結果は、経済学者トマ・ピケティが提唱したr > g(資本収益率rが経済成長率gを上回る)という理論が現れていると言える。低金利(ローン金利1%)で資金を借り入れたまま、それよりも遥かに高いリターン(オルカンの長期リターン約7%)が見込める資産に投資する方が、労働で汗水垂らしながら少しずつ積み立てるよりも確定的に資産は増大するのだ。
決定的な要素「団体信用生命保険(団信)」の価値
一括返済で生命保険を失う
一括返済を避けるべき最大の理由のふたつ目は、団体信用生命保険(団信)の存在である。
団信は、住宅ローン契約者が死亡または高度障害になった場合、残債(約2,180万円)を保険で完済してくれる「命の保険」だ。
| 選択肢 | 団信の保障 | 万一の場合家族に残るもの |
| 一括返済(A案) | 消滅(団信契約終了) | ローンは無いので無借金の家が残るが、約2,180万円の保険がゼロ。 |
| 返済継続(B案) | 維持(ローンの終結まで) | ローン残高約2,180万円が免除され、無借金の家が残る。投資した2,200万も残る。 |
一括返済は、たった1%の金利を減らすために、2,000万円超の確実な生命保険を自ら手放す行為である。この価値を、わずかな民間保険料で補おうとすることは、非常に困難な場合が多い。資産形成の機会損失だけでなく、確実な安心を失うという二重のリスクを負うことになるのだ。
あなたが死んだら何が残る
A案(一括返済)のあなたの場合
あなたが明日死んでしまったとする。A案のあなたが死んだ場合は家族にローンの無い家が残る。家はあるしローンの支払いは無い。つまり残された家族が住むところに困ることはない。その点は安心だ。しかし大黒柱のあなたが死んだことで毎月の収入は閉ざされてしまった。生命保険に入っていればいいが、入っていない場合は生活費に困ることになる。ちなみにネット保険のライフネット生命で40歳2,200万円の生命保険を試算したところ月額保険料は3,935円と出た。
B案(返済継続)のあなたの場合
B案のあなたも死んでしまった。団信の効いた住宅ローンを抱えて死ぬと住宅ローンの返済が免除される。これが団信の効果だ。つまり家族にはローンの無い家が残る。残された家族が住むところに困ることは無い。それに加えて家族にはあなたが一括投資に回した2,200万円が残る。家族はそれを切り崩しながら生活費に回すことができるだろう。
行動経済学的なリスクは一括返済後こそ高まる
一括返済(A案)を選択した場合、「金利負担がなくなった分、毎月10万円を投資に回そう」と決意するだろう。しかし、ここに行動経済学的な大きな落とし穴がある。
住宅ローンという強制的な負債(義務)がなくなると、この10万円は「自由に使えるお金」という心の財布(心理的会計)に移ってしまう。
- ローンのある状態:毎月10万円は「返済義務」という強制力によって動かせない。
- 一括返済後:「今月の飲み会費」「新しい家電代」など、目先の消費(時間選好率)の誘惑に勝てず、「今月だけは積立を休もう」という自己制御の失敗が生じやすい。
一括返済(A案)は、単にリターンが低いだけでなく、毎月の積立計画が崩壊するリスクを内包している。計画通りに20年間積み立てが続かなければ、A案の試算結果(5,200万円)すら達成できず、資産形成はさらに停滞してしまうだろう。
住宅ローンは「負債」ではなく「レバレッジ」
金利1%という超低金利の住宅ローンは、もはや「返済すべき悪しき負債」ではない。
「団信という最強の保険を維持しつつ、資産形成のためのレバレッジ(てこの原理)を効かせるための道具」と捉えるべきだ。
一括返済によって金利負担をなくしたとしても、失うのは団信の保障と数千万円の資産形成の機会だ。金利1%のローンに縛られるより、団信を活用し、年利7%のリターンを目指して2,200万円を一括投資することが、はるかに賢明な選択である。目先の利息削減と、一括返済後の消費の誘惑に惑わされず、複利効果と団信の安心を最大限に活用し、20年後の大きな資産形成を目指すべきである。
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